『あの記憶の記録』『熱狂』のリアルに震える(劇団チョコレートケーキ)

 東京MXでコロナ感染者がでて、モーニングクロスが、MC堀潤含めリモート放送。( ゚Д゚)

 感染が急拡大している印象が否めない。昨日の東京のPCR陽性者数は119名だが、なんと検査数が一昨日(3372名・陽性206名)の3割に満たないの720名。倍以上の陽性率だ。こんな中、全国に感染をばらまく『go toキャンペーン』とか、無能か狂気のどちらなんだ。ただ、はっきりわかっているのは自公政権は国民を守りたくてこの政策を打とうとしてるんじゃない。

 はっきり言おう。電通から自民へ献金として還流されてるよね。(-。-)y-゜゜゜あるいはオリンピック中止の穴埋めか。もっと穿っていえば、自公は、年金や健康保険の重しになる高齢者や、重病人、貧乏人を『粛清』したいんじゃないだろうか。あながち間違ってないと思うのは、今、アメリカで大きな問題になっている『ブラック・ライヴズ・マター』はコロナで明らかになった人種・貧富・格差の間に横たわる命の重さの差別を問題にしている。

 今の政権は私たちを守るつもりがない。そういうことを頭の隅に置いて、政治を厳しく監視する必要がある。あるいは「自衛」も。


chokocake シアターモリエールで大規模感染があった。

「逸脱行為」に握手がカウントされてて、こうなるとゲイバーもハッテンバも全部無理じゃないか。orz

 怒るべきは、国が未だ大規模なPCR検査ができない無能さであって、かかってしまった国民じゃないと思うんだけど、この調子で2年禁欲しなきゃいけないなら、お店はみんなつぶれちゃうよ。

 森永卓郎が「国が発表した陽性率0・4%は偽装された数字で、ほんとうは4%くらい」といってたのに信ぴょう性が出てきた。(゜-゜)

 

  ハッテンバはともかく、舞台を見に行きたいなあと思いながらなかなか踏み切れない。録画しておいた深夜のNHKプレミアムステージの2作品があまりに衝撃的だったので、紹介しておきたい。

劇団チョコレートケーキ『あの記憶の記録』『熱狂』

 名前を聞いた劇団でもなかったが、NHKがBSプレミアム・月1の現代劇はハイレベルなものが多いし、以前うちのブログで紹介した『月の獣』も放送されていたし録画した程度。

 なのに『あの記憶の記録』を見る気もなくオンタイムで見始めたら、止められなくなった。

 

 物語は大戦後のイスラエルが舞台。父母と子供2人の4人家族。

家族団らんの中で「イスラエルの景気の話」が語られる。

 娘ミランが話す。

「なんで、景気がいいって、占領地の整備でお金が動くこと。占領地でイスラエルの商品が売れること。

占領地のパレスチナ人が国内に安い労働力を提供してくれること。」

そして、娘は言う。「母さん、自衛のための先制攻撃は容認されるのよ」

心がザワザワした。…この戯曲、何?( ゚Д゚)

 

 息子ヤコブの教師サラがショア(第2次大戦でナチスが行った虐殺。それでユダヤ人600万人以上が殺された。)を研究していて、ポーランドからイスラエルに来たヤコブの父イツハクと伯父の経験を聞かせてくれないかと求めてくる。

 教師は言う。「ショアを学ぶことは大切よ。ショアは私たちイスラエル人が団結するための神話になるわ」

そして、語られるのは2人の兄弟がアウシュビッツで体験した壮絶な記憶。

 

 翻訳ものかと思った。

それが、日本の、日本人の劇作家 古川健の作劇だということに衝撃を受ける。何という想像力。原案はあるのかもしれない。それに社会制度や風習の描写や現代イスラエル人の考え方が丁寧に描かれていて、緻密な取材の末に書かれたように推察される。

 それにしても凄い。

 

 一方で『熱狂』はヒトラー台頭に至るまでのドイツを描いた歴史劇だ。

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中園ミホ×内山聖子P+清水ミチコが『梨泰院クラス』を語る@「TOKYO SPEAKEASY」


gauchube 昨日「5時に夢中」の流れで、月曜黒船特派員のガウちゃんの「GOWtube」を見てたんだけど、楽しい。視聴者が少ないうちかもしれないけど、双方向感がやばい。なんの性欲も感じないのに( ̄▽ ̄;A、コメント読み上げられたりしたら、無駄な一体感で結構楽しい。なるほどネットアイドルにはまる人はこうやってはまるのか。来週は8時からだそうで、お時間ある方はぜひどうぞ。


 コロナ下の性欲ビジネスについて、書きたいけどまとまらないので、全く関係ないですけど、たまたまチェックしたら東京FMの深夜対談番組「TOKYO SPEAKEASY」の6月22日(月)の脚本家中園ミホ×テレビ朝日・内山聖子Pのトークがなかなか面白くて、少し記録を取っておきたくなったのさ。

なんと、レインボウプライドの女神(?)清水ミチコ先生もご出演!

 ちなみに視聴期限はRADIKOで今日深夜で切れる可能性が高い

 ということで、私はこれから、逃げ恥もマツコも録画にし、これをせっせとテキスト化するので、今、たまたまうちのブログにアクセスして、これ読んだ関東圏の方はぜひ、再生していただきたいなあと思う。

 ということで、のちほど。

 

中園ミホ:園×テレビ朝日・内山聖子:聖 清水ミチコ:ミチコ

前半概略:

 中園は遅筆で、『ハケンの品格2020』の入稿が遅れている。ドクターXの初稿もプロットはできてたが、脚本が進まず、ロンドン五輪(2012年)で柔道の松本薫が「私失敗しないので」といったのを聞いて、細部が固まる。新年会で伊東四朗家に乱入して泥酔したら、伊東四朗に帰り際に2度と来ないでくれと言われ、あとで反省した。

 

 米倉涼子のシカゴを見にNYに2人で旅行して、内山聖子のNY在住の弟にやはり泥酔して迷惑かけたこともある。「失敗しないので」チームで家族づきあいが続いているが、さすがにそのメンバーに病気になったり死別したり、いろいろあった。

ドクターXの間に、中園が大河や朝ドラに行ったが、若手が埋めてシリーズが続いたので、やはり強いシリーズだったのだろう。

 遅筆の中園を越える遅筆脚本家は三谷幸喜で、現場がすべて整った後に脚本が届かずセットをばらしていたことがある。ただ、天才肌の三谷幸喜の脚本に中園はしばしば嫉妬し、三谷の舞台(ニホンの歴史)を見てはその完成度の高さに打ちのめされている。そのことを渡辺謙の還暦祝いで本人に伝えたら、当然のように「そうですか」と言われた。

 脚本を書く作業は楽しい時より苦しい時のほうが多い。楽しい時は1年に1回くらいですごい快感だけど、大変。内山聖子によると、かけてる脚本でも楽しく書いてないのがわかるときがある。だから、脚本家の好調不調を敏感にプロデューサーは察する。

 プロデューサーも本を直すが、直せない、脚本家ってすごいと思うような時もよくある。

 

 最近のプロデューサーと脚本家は割とビジネスライクで打ち合わせ終わるとサクッと帰るそうで、中園はそれじゃ親戚になれないじゃない!と思う。最近は打ち合わせはただの会議っぽいけど、中園によると、だらだら後で飲んでる時のほうが面白いアイデアが出るのにという。

 山田太一は、本だけですべてを語っているので、制作は崩しようがないけど、中園の本だと後の飲み会で、キャラクターをドライブしたりすることがよくある。

 山田太一は脚本家の神様で、山田太一と取材で東北に行くとき、中園はついていきたいと強く行ったが叶わず。山田太一の取材の仕方や、もののとらえ方や、山田太一が「読み本」ではなく「やり本」を書いていること、などが分かってプロデューサーとしては幸せな時間だった。この仕事してたら付き合ってくれるから、プロデューサーしてて作家や脚本家に遊んでもらえるのが一番の収穫。

 中園ミホが、内山聖子の仕事本『私、失敗ばかりなので―へこたれない仕事術―』を出して、引用する。

山田先生はこう話してくれた。

ドラマ作りの過程でフィクションにはフィクションにしか立ち入れない領域がある。それには大きな事実に小さな一滴の嘘を込めること。そうすることでドキュメンタリーよりももっと心の真実を描くことができる。

それがドラマ脚本の役割です。

園:こういうの生で聞けるんでしょう!やだ、もう、もう死んでもいい!それは岡田恵和さんとか尾崎将也とか、みんなの山田先生の洗礼を受けてるから、あたしたちの世代は、それはうらやましくて地団駄踏むと思う。それくらい。これを生で聞ける内山聖子うらやましい。

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追悼:梓みちよの『ナラタージュ』の歌詞が衝撃的!
評価:
有馬三恵子,阿久悠,安井かずみ,伊藤薫,岩谷時子,阿木燿子,中村泰士,伊藤強,山上路夫,五輪真弓
ソニー・ミュージックレコーズ
¥ 8,800
(1998-11-21)
コメント:ナラタージュが収録されたベスト盤めっちゃ少ない。丹念に探すとあると思います。聞きなおしてますが、昭和の楽曲ってメロディラインがいいね。ピンクレディ世代にヒットします。

 阿部千代さんの「この歌が今でも2丁目でよく歌われてる」というTWで知った梓みちよさんの訃報。

最近では「5時に夢中」で「中尾ミエが絶対共演したくない人」としてしか認識してませんでしたけど、突然のニュースに結構、動揺しています。

 この方、ほんとに名曲が多いの。さすがにあたしもオンタイムで聞いてたわけじゃありませんが、『こんにちわ赤ちゃん』、吉田拓郎が楽曲提供した『メランコリー』、絶頂期の中原理恵がカバーして売れなかった『銀河系まで飛んでゆけ』、レコード大賞を受賞した『二人でお酒を』や『よろしかったら』…。

 聞きなおしてみて、あ、梓みちよが求められていたのは「サバサバ系女子」なんだと思った。

>恨みっこなしで別れましょうよ。(二人でお酒を)

>それでも乃木坂辺りでは、私はいい女なんだってね。腕から時計を外すように男とサヨナラできるんだって。

さみしい、さみしいもんだね。(メランコリー)

 

そしてユニセックス系の歌が多いことにも気づく。

>私の中の少年、時々妙に性悪で、あなたのうなじに焦らし煙を巻き付ける。欲しいものが手に入らなければ、生きていたって仕方がないの。例えばあなたが男でも、例えばあなたが女でも、それはどうでもいいことなの。(よろしかったら)

 

 そして今日一番の衝撃は『ナラタージュ』の歌詞。

ナラタージュって島本理生の小説のタイトルにもなってますが"「ナレーション」と「モンタージュ」を掛け合わせた言葉であり、ある人物の語りや回想によって過去を再現する手法を意味する"のですけど、この歌で語られる人物の回想があまりに衝撃的過ぎて、言葉にできない。

ナラタージュ(→歌詞出典) 詞:阿木燿子 作曲:筒美京平 編曲:かしぶち晢郎

 

おいおい話すけど、出生の秘密は複雑で

上の兄貴と下の兄貴が、みんなが父親が違ってて

ママが女手一つで育てたわ

 

六つの齢には、母親の口紅盗んで化粧したの

ママと私とどっちが綺麗

頬をつねられ叱られたけれど

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千葉雅也『デッドライン』/フランス現代思想によるセクマイ腑分け小説
評価:
千葉 雅也
¥ 1,595
コメント:薄い小説ですが、さらっと読んで楽しい小説ではないです。アイデンティティをうっすら揺らがされる。

 放置気味ですいません。

 恒例で「2019年の3冊」とかやりたいなあとも思っているのだけれど、年末に大量のマンガを借りてきてしまって(それこそ、ちはやふる、だの、キングダムだの)トイレ本(ウンコしながら読む本)がそれに占有されると、改めて自分の遅読ぶりに気づかされる日々。要はよほど魅力的な本じゃない限り、わざわざ座ってちゃんと活字本なんか読まないってことだ。(;゚Д゚)

 紙媒体ってアマプラやネトフリに負けるわけね。

 

 昨日芥川賞・直木賞の発表があって、オープンリーゲイの哲学者 千葉雅也さんの小説処女作で、野間文芸新人賞をさらった『デッドライン』が惜しくも受賞を逃した。

 この本は年末になんとか読了。鮮度が落ちないうちに(?)紹介したい。

 これが、どこまでほんとで、どこから虚構?と思わせる2000年代初頭のゲイシーンを鮮やかに切り取って全編なかなかに生々しい。

 「米」ってどうなるの?とそいつに聞くと、ずーっとラッシュが効きっぱなしな感じで、ケツ掘られるとションベン漏らしちゃうよ、という。随分気楽に言うが、そもそもあれは、数ミリグラムの差でオーバードーズに陥りかねない幻覚剤のはずだった。それを弱く使うことで媚薬にしている。
 吸収を良くするために、まず空腹状態でグレープフルーツジュースを飲む。それから耳かき一杯の量を経口摂取し、1時間後に「通過儀礼」が始まる。悪寒やめまいが来るが、何も考えないようにして我慢するしかない。そこを通過してやっと性的な感覚が異常に高まってくる。効きすぎてヤバい状態に入ったら、デパスなどのベンゾ系抗不安剤で「落とせる」と言われている。
 掲示板には「腰から下がドロドロに」なり途中で自分から相手のゴムを外して朝まで何発も種付けされた、といった話が、まことしやかに書き込まれていた。
 恐ろしかったのは、もう生でやっちゃえ、と一線を越えることだ。あってならないが、そうなったらサイコーだ。(P31)

 ゴメ(?gome ?5me)はねえ、使ってる人とやったことあるけど、私自身はやったことないです。そういえば沢尻エリカ所持の違法薬物はこれだったっけ?この小説のこういうリアリティに同時代を新宿の暗がりで過ごしたことのあるゲイはいやおうなく引き込まれるだろう。

 

 主人公は現代フランス思想を研究する大学院生。修論の締め切りが迫っている。

 彼はカミングアウトはしているものの、ノンケの友人や大学の仲間との間になんとない「断絶」や「違和感」を、そして(同性同士の友人のホモソーシャルな関係に)「憧憬」を強く感じている。

  安藤君ともう一人、大概遅刻して来るリョウは僕を苗字だけで呼んでくれる。苗字で呼び捨てにされると、恥ずかしさが一瞬湧き上がる。でも、それに新鮮な喜びがあった。なぜなら僕はずっと互いを呼び捨てにするような男同士の関係性の外に置かれてきたから。篠原さんは「くん」付けで、その方が安心するけれど。(P10 )

 一方で、ハッテンバの暗闇で男を渉猟し、街で見かけるノンケに対して「こんなにイケメンならイケメン同士で付き合えるだろうに。ゲイは数が少ないという実感がなかった。街で見かける男のほとんどがノンケだなんて、嘘みたいに」感じている。

 

 主人公は、ゲイとして、ストレートとして、揺らぎながらいる現実の存在としての自分が、重なりあったり、離れたり、研究内容であるドゥルーズやガタリといった「フランス現代思想」によって、腑分け?されているように感じた。

 どう生きるか。という素朴な問いがのしかかる。それまでの僕に生き方の悩みがなかったわけではない。大学に入って一人暮らしを始め、実際に同性愛を生きるようになって、不安を感じる時に現代思想は助けになってくれた。世の中の「道徳」と は結局はマジョリティの価値観であり、マジョリティの支配を維持するための装置である。マイノリティは道徳に抵抗する存在だ。抵抗して良いのだ、いや、すべきなのだ。そういう励ましが、フランス現代思想のそこかしこから聞こえてきたのだった。(p107)

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ホモソーシアルな男同士のイチャイチャ。舞台『絢爛とか爛漫とか』(〜9/13)
評価:
桜木 紫乃
新潮社
コメント:想像以上に面白い。以前紹介した吉田修一の『国宝』が中公文学賞取りましたが、これも何かとるんじゃない?と思います。あと、こんなにこの人文章上手かったっけ?って思った。

 いろいろ忙しかったり、落ち込んだりで、間が空いてすいません。(そういえば今日は四国丸亀のレインボウパレードです)

なんかいろいろと凹んでいて、そんな折、時間を見て『緋の河』を読んでいます。美輪さん、ピーターと並ぶオカマ界の伝説、あのカルーセル麻紀さんをモデルに桜木紫乃さんが新聞小説として執筆。本当に面白くて、いろいろセクマイとして、或いは普通に1人の一個の人間として勇気づけられる場面が多い。

「あたしは自信なんて小指の先ほどもないつもりだけど、この世に自分はひとりしかいないって、どこかで信じてる。」
「どういう意味?それ」
「あたしはあたしってこと。こうやって生まれついたんだもの。あたしくらいあたしを認めてあげたっていいじゃない」
言葉にすれば章子(姉)の優しさがキリキリと胸に染みてくる。
ヒデ坊にはヒデ坊にしかできないことがある。
章子の言葉には慰めではなく、実があったと証明するのは、誰でもない秀男自身なのだった。
「あたしはあたしのことが好き。自分が嫌いだったら、とっくに死んでると思うわ。」
「なよなよしてて、女のなりかけ呼ばれてるけど、言ってる奴らも本当は私のことが羨ましいの。本音のところは、あたしと仲良くしたいと思ってんのよ」
「さっきの、自信がないっての、嘘じゃないの」
「いいの、自信より自覚が大事なの」

 どうやって、自分を好きになろうかという闘い。読了してからちゃんと取り上げるかもしれません。しばしお待ちを。

kenrannokarannmanntokaTop 舞台を見てきました。

 暗い気分で暗いことを書いても、読んでくださる方が面白くない。ちょうど招待券をいただいて見て、面白かったし、9月初旬まで公演が続くのでお裾分けしたくなりました。

絢爛とか爛漫とか

■青山DDDクロスシアター

■〜9/13(金)

■出演:安西慎太郎、鈴木勝大、川原一馬、加治将樹

 

 このところ、慌ただしかったので、明治時代?の鹿鳴館みたいな話?ちょっと難し目?くらいの予備知識で、にも関わらず、声をかけて隣に座っているのが台湾人で、日本語難しすぎないかなと気に留めつつ開演。

 季節は春。

 少しこぎれいな和室に文机と蓄音機。音楽に合わせて2組の男がワルツの練習をしながら舞台になだれ込む。1組はにこやかに華麗に、1組はもたもたした足取りの挙句、いかつい諸岡が、華奢な古賀を畳の上に投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされて拗ねる古賀は新進の小説家で2作目が書けずに悶々としている。ほかは金持ちの役人の息子でモダンボーイの評論家志望の泉、耽美小説家 加藤、G系の諸岡は才気走った小説をサラサラ書いてしまう、古賀に言わせれば才能の塊で、未来の文豪。

 

 古賀の部屋を舞台に、その4人が、小説と女を当てに、ああでもない、こうでもないと当てなく語らう。文学論でもあり、女性論でもあり、友情論でもある。そして、女の話題を肴に気づくと4人がイチャイチャしているのだ!w

 これは妬ましいと思った。エロいとも思った。

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入れていい穴、悪い穴~インディゴの気分/丸木戸マキ~
評価:
---
コメント:地上波で放送されたセクシュアルなLGBTドラマとしては断トツの出来。未見の方はぜひ!

評価:
丸木戸マキ
コメント:こちらもブルーレイの発売決まってます。先が楽しみ。

 小泉進次郎×滝川クリステルの結婚報道がニュース番組を席巻してて、本当にうんざり。

客寄せパンダの「見世物婚」。もっと小汚い感じで先行でスクープされたら小気味よかったのに。

「進次郎、妊娠させたクリステルとの結婚に踏み切れず。結婚前に精算する関係が続々」とか

「滝川クリステル、進次郎をハメて出来婚。「生でやってもあたし、絶対妊娠しませんから」」

とか、完売するくらいの面白い記事、いくらでも書けただろう、文春!新潮!

あんだけつきまとってて、週刊誌がまったく知らなかったとは私は思ってないのだけどね。…ここにも忖度?

 

 それにしても40オーバーで自然妊娠したフランス遺伝子にちょっと驚愕。クリステルが還暦越えで子どもが成人( ゚Д゚)

もはや動物としての遺伝子の違いを感じる。

 あと、あんな嘘っぽい奴が未来の首相と目され、クリステルがファーストレディになるかもと言われてること自体、神経を逆なでする。私、山本太郎以前、以後で、政治家のスピーチの評価が一変したのさ。進次郎のスピーチなど小学生の自由研究レベルだと私は思ってる。それに乗せられるメディアときたら、つくづく日本人のレベルの低さが痛ましくてならない。あなたも太郎を知ろう。そうしたら、進次郎がメッキのまがい物だってことがわかるから!(*'▽')
indghgokibun

 

 フジテレビ、深夜の『ポルノグラファー』続編『インディゴの気分』がすこぶる面白い。

8月下旬に映画公開になる『おっさんずラブ』にメディア取材がもってかれてますが、個人的な評価ではおっさんずラブの10倍面白い。今からでもいいから、見てない人は全員見るべし!3話からになりますがTVERで無料視聴できます。

 

 前作『ポルノグラファー』も恐ろしく周到に練られた物語で、ポルノ作家である木島理央が自転車との衝突事故で利き手を骨折し、加害者の大学生久住春彦に事故の償いとして小説の口述筆記を頼む形で家に呼ぶ。破滅的な木島が、純情な久住を篭絡し、篭絡されるのが前作だったわけだが、『インディゴの気分』では木島が同性愛者になるまでが語られる。

 前作でも登場した木島の面倒を見る編集者城戸と木島は大学時代の同窓生で、ゼミの恩師の葬式で再会。成り行きのように同居することになった2人はそのままでは親密にはならない。そこに「官能小説」という外世界が絡んでくる。城戸の勤め先は官能小説を稼ぎ頭にしてる小出版社。今はくすぶっているが、大学時代から小説で頭角を現した木島の才能に圧倒されていた城戸は木島に官能小説を書いてみろと勧めるが、木島は性描写がうまく描けない。

 そんな中、文学界の重鎮でありながら、官能文学にも覚えのある蒲生田の「最後の原稿」を取れと城戸に会社から社命がくだる。それを受けて、城戸はつい、蒲生田に「先生に弟子入りしたいという若い作家がいます」と口走り、成り行き的に木島を蒲生田宅へ連れていくことになる。

 そこで、名前から女だと思っていた木島理央が男だったことに激昂した蒲生田は弟子に取る条件として木島に命じる。

女の真似事くらいしてみろ。お前、そいつのをしゃぶってイカせろ!

 

 設定として申し分ないね。尊いと言ったらない!

 何がうまいかって、同性愛性向を人生の中で一度も自覚したことのなかったノンケが、追いつめられたシチュエーションで、え、おれ、こいつのことを性的対象として見てる?かもという微妙な揺らぎが素晴らしい。

 進次郎・クリステル婚もそうだけど、メディアの情報開示は、「進次郎・クリステル的に結婚するのが素晴らしい」と、不必要なくらい視聴者に刷り込む。それはLGBTはもちろん、金のあるセレブ婚など夢のまた夢だという一般庶民の恋愛可能性を見事なくらい閉じてしまう。ああいう気持ち悪い見本は、すみません、要りません。食傷気味です。

 

 人が人を好きになるのはどういう可能性があるのだろう。

 人が人に(或いはモノや動物でも構わない)性欲を感じるのはどういう局面なんだろう。

と考えた時、その可能性を削ぐのが進次郎・クリステル婚で、その可能性を広げるのが丸木戸マキの才能なんだと思う。

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映画『新聞記者』政治はエンタメ!参院選、投票しないと始まらない!

eigasinbunkisha 映画「新聞記者」が大ヒットしてます。

映画の素人の私が、あーだーこーだ言うつもりはないけれど、面白い映画でした。

 

 実在する「内閣調査室」(通称内調)に勤務する松坂桃李演じる元外交官杉原。内閣調査室では、政権に反対する勢力や学者、身内を貶める可能性のある一般人などをネットや公安を使い調べ上げ、謀略で追い落とすことを任務としており(詩織さん事件をモデルにした「彼女を野党のピンクトラップだと風評を流せ」などという挿話も入ります。この件、最近、菅官房長官がレイプ犯 山口敬之に資金援助していたという事実が公判中の民事裁判で明らかになりました。)、杉原は内心疑問を持ちながら、仕事に従事している。そんなとき、外交官時代の先輩神崎(高橋和也)から連絡が入り、久しぶりに一緒に昔話をして飲んだ数日後、神崎が大学新設疑惑(まんま加計学園だわな(゜.゜))を背負って自殺する。

 そこに、疑惑を追及してきたシム・ウンギョン演じる女性記者吉岡が接触し、杉原は神崎の汚名をすすぐために真実を探り、それを吉岡にリークし、政権を揺るがそうとする。

 口コミでは「ゾッとした」とか「背筋が寒くなった」なんていう感想もありましたが、実際に起きた政治事件ばかりで、私は「そうでしょうね」と思いながら見ていた。私はそういう「背筋の寒さ」を2年前の『スノーデン』で経験済み。

映画『スノーデン』~アメリカが世界最悪のテロ国家だと言うことがたった2時間でわかる映画~(マチダタイムス)

 

 『スノーデン』を見た時にも思ったが、政治はエンタメになり得る。「政治映画は売れない」と思っているのは、網の目のように日本のメディアや資本の利害関係がつながっていて、政治的な映画を作ろうとすれば、後々権力から遠回しな嫌がらせをされたり、ネトウヨや右翼の街宣車が映画館に集まるような可能性もあるからだ。かといって中途半端なものを作れば結局興業が失敗する。

 実際、吉岡役を当初は宮崎あおいや満島ひかりにオファーしたが断られ、回り回ってシム・ウンギョンに決まったらしい。最初は何で韓国の女優さん?と思ったが、彼女の演技は圧巻。特に慟哭する演技に圧倒された。

 日本以外の国では、『ボウリング・フォー・コロンバイン』、『華氏119』などに代表されるマイケル・ムーアや『スノーデン』、『プラトーン』のオリヴァー・ストーン、ヨーロッパにも以前紹介した『帰ってきたヒトラー』や、ほかにも『チャップリンの独裁者』や『ホテルルワンダ』なども政治を告発する映画といえる。だから、政治映画は当たらないというのは日本ならではのジンクスなのだ。そういう意味でそれなりの覚悟をもって作られた映画だということは覚えておいてほしい。

 まだご覧になってない方、この週末にぜひ。

 

 政治はエンタメではないのか?と言われれば、私の中ではどんどんエンタメ化してきている。

この参院選、政治が面白くて面白くて仕方ない。

もちろん、これは博打に勝てるかどうかがかかっているからではある。

 ここから、この記事を読んでくださる方にお願い。読みつつ、下のyou tube動画を再生しながら読んでいただきたい。9分です。突き動かされます。騙されたと思って聞いてください。m(_ _)m ほんとにほんとにお願い。

■山本太郎 涙する 20190505 福岡・小倉駅 小倉城口前デッキ 参院選 れいわ新選組 全国比例

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第28回東京レインボー・リール/東京L&G映画祭 7/5(金)から

 

LGeigasai2019 上映作品点数が少なくなった気がするのは気のせい?

ということでぼんやりしてたら、もう映画祭の季節です。

第28回東京レインボー・リール(東京L&G映画祭)

■7/5(金)~15(月)

■東京ウイメンズプラザ・スパイラルホール

前売り1400円 当日1700円ほか

  ウイメンズプラザオープニングは詩人エミリー・ディキンソンの生涯を描いた「エミリーの愛の詩」

 スパイラルホールのオープニングはプロサッカー選手のホモフォビアを鋭く突いたスイス映画祭受賞作「マリオ」

 あたしゃオカマなもんで、もちろん興味があるのは後者。正直なところ、男社会(或いは女社会)でのセクマイの立ち位置が難しいのは否定できないのだけどね。

(余談ですが、最近一部でトランス女性への差別として、東京レインボウプライドが共闘してないと批判する言論が表に出ました。共感半分、納得半分。人間は差別する生き物でしょって、私はちょっと思ってるからね。美醜や年齢での侮辱をいちいち差別行動だとはやっぱり思わない。昔、乱交サークルで、不細工が相手にされなくて「乱交じゃないじゃん」って叫んでたのをふと思い出してしまう(゜.゜))

 ということで、せめて視界だけでも美しい男(或いは女)がどうこうするそれを見て悶々してていただきたいと思います。

 

 ほかに、CSで上映されている「POSE」の時代感をモノクロで表現したような1985、現代日本のLGBTカルチャーを描いたドキュメンタリー「クィアジャパン」東ちづるの「私はワタシ」に似ている。

 アパルトヘイト下の南アフリカのセクマイをまさかでミュージカル映画にした「カナリア」

さらに、トレーラーを見ながら、え?駄作?と少々陳腐なせりふ回しで、思わされたのに主演を見て少し仰天した『アスリート 〜俺が彼に溺れた日々〜』

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2018年の町田の選ぶ軽めの3冊〜高嶋政宏『変態紳士』、歌川たいじ『花まみれの淑女たち』、サムソン高橋ほか『ホモ無職家を買う』~

badi201903

 いよいよBADIの紙媒体としての雑誌が19日発売号で、事実上の廃刊です。サムソンが廃刊になっても記事にしないので、ゲイ雑誌関連の話題はこれが最後かな。さみしいことです。ちなみにBADI編集部の直販は予約で完売しています。一応AMAZONをリンクしておきます。品切れになるかな。

 

 さて、恒例のおすすめ本紹介企画、『2018年 町田の選ぶ3冊』ですが、振り返ればほんとにいいと思った本は随時紹介してるのね( ̄▽ ̄;A

 

 紹介記事の中からピックアップすると

白川優子『紛争地の看護師』ジャーナリストが危険地へ行かねばならぬ理由がわかる

佐藤優になる方法~佐藤優『十五の夏』~

『キャシャーン』が描いた未来を『ホモ・デウス』が閉じた結末

この3冊(正確には5冊)になると思います。いずれもキノベス上位には入るけど、本屋大賞とは縁のないラインナップですが、重たいけど、ぜひ読んでほしいです。

 

で、この稿では、取り上げたかったけど機会を逸した2018年の印象に残った読みやすい3冊をご紹介したいと思います。

 

 まず1冊目
takasimaInagakiSM高嶋政宏『変態紳士』

 大晦日の『ガキ使 笑ってはいけない』でご覧になった方もいたでしょうけど、私は『ゴロー・デラックス』のほうがハマりました。私は近年のダウンタウンを総じて嫌いで全く笑いのツボが合わなくなってしまったので、あの番組は痛々しいだけで笑い所がない。それよりも稲垣吾郎相手に淡々とSMのすばらしさを語る高嶋政宏にくぎ付けでした。

  語り下ろしだけあって、内容があるかないかと言われれば正直ない(;'∀')

 1,2章がSMについて、3章でデブで持てなかった高校生までのトラウマ、またSMや下ネタに戻ったかと思うと、5章から8章までは、グルメの駅弁ランキングから、健康オタクエピソード、霊感と来て、下ネタを1章挟んで奥さんのシルヴィア・グラブが大好きという話、最後は取ってつけたような演技論。(゜-゜)なんなんだ、これ?と思わなかったとしたら嘘ですね。

 でも、面白いなと思ったのは、この人下ネタばかり言ってる割りに人間に対する執着がない。

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能町みね子『私以外みんな不潔』で生存戦略を学ぶ
評価:
能町 みね子
(2018-11-22)
コメント:私も、自意識過剰気味と自己卑下と自尊の間を行ったり来たりしてた子供時代を送ってたので、いたく共感しました。

 あけましておめでとうございます。

 

 紅白歌合戦はさすがに見ましたが(つまんなかったけど、ラストのユーミンが桑田にキスしたのは騒然!)、箱根駅伝ほぼ見なかった。その時間、ずっと、NHK BS1でやってた『欲望の資本主義』の2017年・2018年の再放送を見てました。前に見たはずなんだけど改めて見ても非常に面白いです。夜にシリーズ最新作が放送。これは多分再放送されます。

 さらに1日に

BS1スペシャル▽“衝撃の書”が語る人類の未来〜サピエンス全史/ホモ・デウス

を見た。人間が農耕を始めたのではなく、米や麦などの穀物に人間が奴隷化されたのだとか、宗教も国家もイデオロギーも貨幣も全部虚構!と喝破するハラリ氏に親がしきりに感心してました。

こちらは6日に再放送が予定されているので是非!

 

 どちらの番組に共通するのも、これから30年で世界は、日本は、人間は、私たちは、どうなるんだろうという、どちらかと言えば暗い未来予測です。

 それと合わせて、昨日読了した能町みね子さんによる初の自伝的小説『私以外みんな不潔』について短く書きます。面白くて少し切なくて、同じ処女作なら古市憲寿なんか選ばずにこっちを芥川賞にノミネートしろよと、オカマ的なひいき目で強く思いました。なかなか完成度が高い。

「もらし、マン!」
「もらし、マン!」
「マン!」のところで私の肩をずっと押してきます。…
まったく、ここは何て不潔で下劣な世界なんだろうか。私は今まで、文字がたくさん書けたり、絵が上手く描けることで、正当に評価されてきた。ところがそれらはここでは何とも思われず、どうやらかけっこだのなわとびだの、私が一つもおもしろいと思えないものが得意なくだらない人ばかりが褒めそやされている。そして、褒められるべき私がこうして理由もない攻撃を受け、非道な扱いにじっと耐えている。
 この不条理さについて黙って頭で突き詰めていると、後ろから押された勢いで目からビュッと涙が出そうでしたが、それではただいじめられて泣いている弱い人のようで恥ずかしいことこの上ないので、私は棒となって花川先生が教室に入ってくるまで固まっていました。

 朝井リョウさんの書評に出た「決定的な失敗」のネタ晴らしになりますけど、幼稚園が舞台ということで察してください。 

主人公のもりなつきくんは、とてもあたまのよい、大人びた子なのだけれど、おしっこのコントロールがうまくいかない。本人にしてみれば、なんでこんなに凄い私がこんな赤ちゃんみたいなことをできないんだろうという屈辱。

 多分これって、いろんな人のいろんなことに当てはまると思う。

 今まで仕事をバリバリやってた老人が、体が動かなくなって、年寄り扱いされて、赤ちゃん言葉であやされるような不条理。あるいはクラスのヒーローだった男の子が些細な行き違いで人間不信になり対人恐怖症的に引きこもりになる不本意。優秀な海外の若者が日本に来て言葉ができないことでバイト先の店長に罵倒されるくやしさ。

 そう、それまで持っていた万能感がメッキだったと気付かされる、或いは、その効力を失い、戸惑う瞬間。多くの人が1度は経験する不条理を、能町少年は5歳で経験してしまった。ほんと早熟にもほどがある。(゜-゜)

 でも、彼は、粗野で乱暴で人とすら思えないような男が支配する世界で生き延びるためいろいろな知恵を駆使し、適応を試みます。これって、LGBTが本性を隠しながら擬態するさまにも似てるなあと思いました。

 周りの子どもたちはあるがままをあるがままに出して泣きわめいているのに、能町少年はそれを表に出すことが許されない、本能的に「察する」ことに長けてしまう哀しさと言いましょうか。不本意って泣いて解決すると思うなよと、餓鬼どもにあたしが言いたい。ヾ(*`Д´)ノ

 

 能町少年のその後の紆余曲折と成功(?)は皆様ご存じなので詳述しませんが、今、世界中あちこちで表出している葛藤はおおむね能町少年以前の問題かもなあと思ったりも致します。つまり、自分が自分であることが認められない苛立ち。そしてそのことを回避するための努力をそいつらはやっているのか?と私は少し憤ったりしているのです。

 

 凍て蠅(いてばえ)よ 生産性の我にありや

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