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観衆のジェンダー意識を「トランス」させるほど魅力的/氷川きよし・ビリー・ポーター・中村七之助
日本コロムビア
(2019-11-26)
コメント:演歌の枠から離れたらヴォーカリストとしての圧倒的な力を感じる。ボヘミアンラプソディが収録予定の「氷川きよしスペシャルコンサート2019〜きよしこの夜Vol.19〜」は多分3月発売です。

billyporter 今年、『いだてん』でブレイクしそこなった中村勘九郎と中村七之助率いる中村屋の密着ドキュメント『密着!中村屋ファミリー2019』を見た。最近、(大)家族番組は見なくなったのだけど、この番組は面白い。

 年端の行かぬ子どもに問答無用で厳しい修行をさせるなんて!と思わなくもないのだけれど、就学前から子役で英才教育?をしないと芸術を極めるなんてことはできないのだろうと見入ってしまう。無邪気な子供が大人に囲まれて、責任を与えられて、それに応えて成長するのは見てて清々しい。

 まあ、歌舞伎界でも、こういうふうに、親の意思と子どもの意思が一時的とはいえ、滑らかにつながるのは稀なのだろうけれどね。

 

 この番組のもう一つのお楽しみが、勘九郎、七之助(+子供2人)のブリーフ1丁の半裸姿がお茶の間に流れる事である。

 で、私、勘九郎より七之助がタイプなのかしら、と時々思う。子供目線が入ってる気がするが、イケメンで優しくて何でもできる素敵なお兄ちゃん感が半端ない。

 そしてもう一つ、女形としての七之助の魅力も凄い。メディアで増幅されてるから、この人が本当に今最も輝いている女形なのか(もちろん玉三郎はまだ存命ですが)はわからないけれど、舞台での所作にハッとさせられる色気を感じる。

 彼はノンケらしいが、歌舞伎役者は代々両刀使いが多いと聞く。実際、存命の役者の中に、ゲイでしょ?となんとなく認知されてる方は少なくないが、男とか、女とか、ゲイとか、バイとかで括らずとも、堂々と芸道に精進する姿はシビれる。

女専門の海老蔵は異端?「両刀使い」がひしめく伝統ゲイ能界

 

 性別を「トランス」するという意味で、今年大きく話題になったのが右のビリー・ポーターだろう。

 アカデミー賞授賞式でタキシードドレス、さらにはトニー賞授賞式では子宮ドレスで話題をさらった。

 この、顔の大きなおじさん、どっかで見たぞと思ったら、なんてことない日本でも公開された『POSE』のプレイ・テル役でエミー賞の主演男優賞も受賞している。

洗練は甘い毒~『POSE』80年代のLGBTQコミュを描いたドラマが放映開始(マチダタイムス)

「私のゴールは登場するたびに歩く政治的アートになること。期待に対して挑戦すること。」

 記事では「ジェンダーフルイド」(ジェンダーは揺れ動くもの)が声高に叫ばれてる中、なぜ、授賞式で男はタキシードじゃなきゃおかしいの?というポーターの問題提起が取り上げられている。

 痴漢や性被害に遭った女性に「そんな恰好をしているんだから襲われるんだ」というお決まりの男性擁護の言い訳言辞があるが、女性たちは「世の男すべて」を喜ばせるためにおしゃれしているわけじゃない。自分の大切な人のために、自分自身を肯定するためにおしゃれをしている。大好きな自分のために、自分が着たい服を着て、自分がなりたいものになる。自分と自分の愛する人が納得するなら、批判や妥協の余地はない。タキシードスカートのポーターは世界の単細胞の男たちに向かって「スカートという記号に欲情するあなたは、このあたしにも欲情していただける?」と挑発しているかのようだ。

 ビリー・ポーター(ある意味マツコ・デラックスらも)のドレスは社会の許容を広げるための、社会に対する挑戦なのだ。

 

 同じような「挑戦」が今年、日本で初めてあったことも特記したい。

氷川きよし「男らしさ強いられ自殺も考えた」生きづらい胸の内を初告白(デイリー新潮)

 氷川きよし、カミングアウトか?と一瞬ネット界隈でざわついたが、結局、そういう問題ではないのだろうと思う。

…デビューさせていただいてからも、演歌の世界で、男の世界で生きていこうとやってきたけれど、なにか違うと思っていて……。私には私の生き方があるし、みんなはみんなの生き方がある、それでいいんじゃないかって。

 ある意味、ファンの理想像に応えるショービズの世界で生きてきた彼のことだから、ここまでたどり着くのに大きな闘いがあったのだと思う。それでも、40を過ぎていつまでも周囲の期待に縛られすぎないことが芸道に添うことだという判断もあったのだろうが、吹っ切れた彼のパフォーマンスが本当に素晴らしい。

 

 恒例のクリスマスライブでは、フレディ・マーキュリーの『ボヘミアンラプソディ』の日本語バージョンを披露。

歌のうまい人だとは思っていたけれども、ほんと圧巻。これを見ていると、男とか、女とか、演歌とか、ロックとか、どうでもいいと思わせるほどパワフルで、聴衆の感情を揺さぶる世界的なアーティストとしての進化を感じる。

 とにかく日本中のみんなが、「氷川きよし」ってどこかアレしているけど、ああいう人みたいに生きていけるかも、頑張れるかもって思ってもらえればいい。

  今までの苦難も含めて全部をさらけ出し、歌にのせて表現することで、こんな私でもここまで頑張って生きてこられたんだ。そう伝えるのが歌手としての使命。人生の後半は、それを表現していく生き方をしたいなって。

 「伊藤詩織さんレイプ裁判」の成り行きを見るにつけ、ほんとに日本という国は、前近代的、封建的な腐敗国家だという印象を強くもっているのだけれど、世界の潮流は情報鎖国でもしない限り、流れ込んでくる。

 この時期に氷川きよしが、インタビューに応え、このパフォーマンスを出してきたのは、世相の変化を敏感に読み取って、演歌ファンだけに媚びていても生き残れないという事務所の戦略でもあるのだろう。(あと、小林幸子がラスボスとして大成功を収め、演歌歌手が外に踏み出しやすい足掛かりを作ったのも大きい。)

 「新生氷川きよし」が今年の紅白で『ボヘミアンラプソディ』を熱唱して、凍り付いた老人たちの価値観を少しでも溶かしてくれることを期待してやまない。

 

追記)

投稿に日が空いてごめんなさい。

割と多忙だったのと、うまくまとまらなかったもので。

やはり女装をテーマにしている遠野遥『改良』と絡めようかと思いましたが、興味深かったものの、着地点が見つからず。

 氷川君にはこれからももっと飛躍してほしいです。

 

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