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オネエとオカマの治外法権~世の中は、男、女、犬~
評価:
¥ 2,520
コメント:別に女装擁護の映画ではないのだけど、人って一面では語れないよね、いいじゃん、いろいろで、ってことをさらっと語っているのよね、たぶん。

 連休、みなさま、いかがお過ごしですか。
私はパソコンのメーラーを引っ越してまして、まったく意味不明な混乱状態から抜け出せません。WIN7ってなんでこんなに何もかも面倒くさいんだ。かわいい男の子ならまだしも、おっさんが泣いてても誰も助けてくれないので、明日もパソコンに張り付きます。ベスト10の講評を書かんといかんのですけど、寄り道。


 で、気分転換に少しだけ。
 名前を出すのがはばかられるのですが、今日、昼間、結婚できない女にアドバイスするという番組をやってて、内容もさることながら、個人的には驚愕の(@_@;)コメンテーターが出ていたので録画して出かけて、さっきみてまたありゃりゃっと思ったところです。
 だって、そのコメンテーターの男子、数年前、ミクシでお見かけして、めちゃくちゃタイプで当時はたまに日記踏んだりしてた超イケメンだったのです。少なくとも画像を見る限りでは完璧。水島ヒロ激似のイケメンです。あいにく、関西在住の方だったようでご縁がありませんでしたが、当時の町田の脳みそを一言で率直に言い表しますと…
もろ、タイプ、超やりてぇ、激やりてぇまじやりてぇっ!
 てなもんでございましたのに、今日見たお姿は強烈でした。コスメアドバイザーか何かやってらっしゃるようで、金髪にカラコンで、「あら。オネエ系かしらねえ、あたしたち」と美しくこわばった顔で微笑んで、ショックというか、幻滅というか・・・。100年の恋も冷めました。
 コメントも悪いけど切れ味なし。動画で見て、おったちもしなくなりましたね。ほんとがっかり。orz

 で、何が言いたいかというと、「オネエ」についてです。
最近、テレビに出てくる「オネエ」の型が世間のイメージを補強するようなものばかりで実はそれがいらいらするのね。
 正月、テレ東の極嬢ヂカラで、マツコと小泉今日子とYOUの3人旅という企画があって、最初は楽しんでみてたのだけど、寝てるマツコを横にコイズミとYOUが、
「なんか、ぬいぐるみみたい!持って帰りたい!」とか
「うちの息子がマツコ連れて来てっていうの。友達に見せたいって言って、見世物にしてお金とろうかな」みたいな話をするのが、なんか気持ち悪くて、なんなの、これ?支持者を気取りながら、このあからさまな差別感、上から目線って何様?ヾ(*`Д´)ノと思ってました。
 同様に、ブレイクした楽しんごが出てきて観衆の女どもが「かわいい~っ」っていうのがすごい不愉快。
 結局のところ、今テレビに出てる「オカマ」というのは人間じゃないのね、あれらは視聴者から見ると。
犬です。
猫です。
豚です。
ペットです。
 特に楽しんごを見る反応とチワワを見る反応が同じに思えて、非常に不愉快な思いにさせられる。これは別に楽しんごだけが悪いわけでもないけど、テレビに出るゲイというのはテレビ的に去勢されてるんだなと思いました。本人がどれだけギラギラしてても、それを見る側が「滑稽」とか「痛い」とかで処理するパタン化が常に決まり事としてある。
 それが武器なのか、欠点なのか私には今わからないのです。

中村うさぎが
『マツコとウサギの往復書簡』で以下のように述べています。
 ゲイ、オカマが治外法権だと思うのは、やっぱり女の美醜についてものが言えるからだよ。美醜はすごく人を規定しているのに、それについて自由に語れる性別がない。オカマの人がそれを言ってパッシングを受けずに済むのは、ほんと治外法権なんだよ。もっとも、皆の中に「所詮オカマのいうこと」っていう軽い差別意識があるのも込みの話でね。
 だから、テレビにオネエ風情で出たコスメアドバイザーの男性のセルフブランディングはテレビ的には、またコスメのマーケティング的にも正しいとは思うけど、そのことで彼が私が魅力的だと感じてた部分をそぎ落としてメディアに出ることに悲しさしか感じないのですよ。
 彼が本当に日常生活でもそういうキャラなのかを私は知らないです。私の記憶にあるのは普通にイケてる真面目な好青年っぽい印象の彼でしたから。だから、「オネエ」というのは彼にとっての「女装」なのかもしれない。あるいは「武装」なのかもしれない。
 結局ゲイ=オネエというのを見ると世間は安心するのでしょう。
実際、彼のようなイケメンが水島ヒロのようなマスクで、普通にイケメン俳優とデートして、普通にセックスまでしてしまうようなことがあるとしたら(あると思います)世間の女子からむき出しの敵意を浴びせられるかもしれません。でも、「オカマという憐れむべき存在」だから、私たちの視界においておいてあげましょう、的なそういうスタンスでかろうじてテレビ画面に残ってるような気がしてならないのです。
 
 そういえば最近地上波放送された阿部サダヲ/宮藤官九郎の『泣くもんか』で不覚にも弟を助けるために秘密にしてた女装で舞台に上がる阿部サダヲに泣かされてしまったのですが、本来、LGBTである部分とか、女装者である部分というのは隠されている部分なのです。テレビの「オカマ」を見ると、その一面だけをとって売り物にされていて、現実のゲイとの遊離にはがゆいような不快なようないろいろ複雑な気持ちを抱かざるを得ないのです。

 もやもやしてたことをもやもや書きました。
だから、はっきりとした結論はありません。

「ひとつになろう、日本」ってのが最近、すごくいやなの。
やっと、やっと、我慢してたことが「多様性」という潮流で許される気配があったのに、男の子の服と女の子の服と、緊急時だからどっちかを着なさい、みたいな。
 男女の区別のほかに、認められてきた「オカマ」というカテゴリーは「下層階級」でペット扱いなんて、やっぱり私は嫌だなあと思いながら、じゃあ、どうすればいいのか、なかなかわからない。

 先の『マツコとうさぎの往復書簡』でマツコさんはこう答えています。
少数派ゆえの不具合はいっぱいあっても、少数派であり続けることで、ずっと闘っている意識でいられるの。アタシの不幸せな部分とかオカマな部分っていうのは「クソーッ」っていう部分があって、だから「負けるもんか」であり続けることができるのよ。
 道化を演じる人は道化を演じるなりの覚悟をもって道化を演じてほしい。
とりあえず現状の結論はこんなところです。ま、中身が女の子の人は別の話ですけどね。

サイゾーウーマン:YOU×小泉今日子の"自称サバサバ"女子より上手のアナウンサーは?
カテゴリ:himahima | 04:09 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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