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バビロンの窓から世界が見える。世界の変化に目を凝らそう。
評価:
須賀 しのぶ
祥伝社
¥ 1,998
コメント:本屋大賞第4位(予想)かな。主人公がもっと非道な方がフィクションとしては私好み。現実にヒーローはめったにいない。

評価:
こうの 史代
¥ 700
コメント:映画も見たくなったのですけど多分見ません。理由は映画ファンの熱狂が気持ち悪いから。時代の狂気に翻弄された市井の人々を描いた作品を別の狂気が礼賛するのはどうも(゜_゜)。でも原作はいい本です。

 アメリカがシリアにミサイル。

「シリアの子供たちを守るために」という、トランプのイケシャーシャーを通り越して厚顔無恥極まりない建前について今更非難しないけど、さて、戦争になるのだろうか、と思う。

 

 明日本屋大賞の発表で、何度も言います。大賞は恩田陸『蜜蜂と遠雷』で決まりです。

 でも、気になるものは読むようにしてるので本屋大賞にノミネートされ、恩田陸と直木賞を争った須賀しのぶ『また、桜の国で』を読んでいろいろ考えさせられました。面白かったし、いろいろと考えさせられる佳作でした。

 舞台はポーランド。少年時代にふとした縁でポーランド人の少年と秘密を交わし合ったロシア系日本人の棚倉慎(タナクラマコト)は長じてポーランド大使館の書記生としてワルシャワに赴任する。時は第2次大戦前。ユダヤ人への迫害、列強各国の数々のポーランドへの侵略と陵辱。開戦でナチスに占領されたポーランドと、それに抵抗した市民たちの1944年夏のワルシャワ蜂起を物語の中心に据えている。日本人はお花畑だと言われますが、世界でテロや暴力は日常茶飯で行われていて、ポーランドで起こった絶望的なそれは全く我々日本人の想像を絶するものでありました。私はヨーロッパ未踏の地なのですが、ワルシャワ市街が第二次大戦でナチスに徹底的に破壊され尽くし、戦後、壁の傷一本まで再建されたものだなんて全く知りませんでした。

 

 ポーランドは不遇の国です。古くはモンゴル帝国に蹂躙され、近代にはロシア・プロイセン・オーストリアに分割され、第一次大戦後に独立するも今度はナチスに侵略され、戦後はソ連に支配されると言う日本人には想像もつかない歴史上の辛酸をなめさせられました。ワルシャワ蜂起では市民たちの20万人以上のポーランド人が犠牲になり、ワルシャワ市街の地下には当時の虐殺で殺された市民の処理しきれなかった遺体が眠っているとかいないとか。

 そんなワルシャワを舞台に、主人公のマコトが杉原千畝張りの愛ポーランド心を発揮し、ポーランドと日本の友好のために活躍する物語なのですが、私が引っ掛かったのはその辺のヒーロー化された「日本人」の美談(-。-)y-゜゜゜。著者は歴史専攻で相応な資料にあたって物語を書き進めた形跡があるので全くのフィクションだとも思いませんが、ググったところモデルになった日本大使館の書記生は見当たりませんでした。これが私が時代小説を読まない理由そのものなんですが歴史上の人物(のような架空の人物)が読者に都合のいい行動と価値観をあたかも史実のように披露するその胡散臭さにはやはり警戒を禁じ得ない。それでも、戦時下のワルシャワやソフィア(ブルガリア)の様子など想像力を究めた描写には唸らされました。ポーランドについてもう少し知りたいと思いました。

 

 また、昨年大変話題になった映画『この世界の片隅で』(こうの史代)の原作漫画読了。ポーランド人の悲惨さには及びませんが、戦時の普通の人の生活を描いていてこちらも大変読みごたえのある秀作でした。こちらの方がいろいろと腑に落ちる。ほんとの悲惨な戦争には多分ヒーローは出てこないのです。市民が悲惨な毎日を、悲惨にならぬよう工夫して生き延びて、その苦しさを胸に沈めながら毎日を生きるのです。

 

 春休みで何度目かのタイを訪れました。

 タイと言えば、昨秋ついに人望の塊、プミポン国王がお亡くなりになり、半年以上たつも公式には喪中ですが、表向きはさほどその影響はありません。

 今回の訪タイは体調的にも、時期的にもかつてないほど、だめでした。天気はもとより、このところの多忙と久々のバックパッカー旅行で腰を痛めてしまって、1日ベッドで寝込みました。無理して出かけてみても顔に疲れが出てるとまったくモテんわな。orz…泣いて帰ってきたのですけど、同じ町を定期的に定点観測していると、それなりに町や国や市民が変化していることに敏感に気付きました。

 現在のタイで影響しているのは,国王の死より一昨年、エラワン廟(旧そごう。伊勢丹の斜め前)で起こった爆破テロだったのではないかななどと思いました。

 今回の訪タイで最もショックだったのは、街路の屋台が半減(地域によっては壊滅)していたことです。私にとってあれはタイの魅力そのものでしたから、その屋台群が一掃されるに「ふさわしい」理由はなんだろうと考えると、「テロ対策」の名分が真っ先に思い当ります。道路をさえぎり見晴らしを阻害する商店群は治安維持のために適切ではないと。でも、ほんとにテロ対策なのかな。

 屋台で売ってたサンドイッチは30バーツ。セブンイレブンで同じようなものを買うと80バーツです。屋台が一掃されて喜んでいるのは実は周辺の飲食店やコンビニなんじゃないかと。だって、屋台がいくら繁盛しても、儲かるのは店主だけですが、セブンイレブンの背後には全世界の株主が控えています。安全の名のもとに大企業が働きかけた可能性も決して否定できません。

 これは「近代化」に名を借りた新自由主義的な「資本の集約」です。あくまで憶測ですがあながち間違っていないような気もします。私が愛用していたスリウォン近くのぶっかけ飯屋は一体どこに行ってしまったの!とその近くの観光客向けのタイ料理屋で4倍もするチャーハンを食べながら嘆いていました。

 

 また観光客が激減していたことも気になりました。

 タイ人は国王の喪中のせいだと言っていましたが、私が愛するバビロンは最盛期と比べれば集客は半減しています。ひところ賑わしたロシア人客(イケメンマッチョが多い)や中国人客も減少していますが、中でも減ったのは実は外国人客ではなく、タイ人客なのでした。結果、今のバビロンは西洋人客の老人ホームと化している。若返りが行われておらず、外国人客を狙うタイの若者がいない!これはタイ人の平均所得が上がって外国人に媚を売らないと成功のチャンスがないような「戦後パンパンの時代」が終焉したことを示します。タイ人はタイ人同士でセックスすればいいんじゃね?そういう気分がタイ人の中に溢れているような気がします。

 

 せっかくなので地元で人気のタイ人マッチョが集まると噂の発展場にも出向きましたが、まあ、あたくしの魅力の問題もありますが、モテない!モテない!サムソン高橋氏ののように賑わう発展場の暗闇で誰の目にも映らない壁の花、床の染みをやって泣いて帰ってきました。そこではたと気づいたのです。「日本人プレミアム」の賞味期限切れ…が起こってしまっているorz。10年前、日本人だと言えば、ちょっとは興味を持ってもらえたものですが、今はスルーです。ひどいと石もて追われるかもしれん。

  じゃあ、アメリカ人プレミアムが未だ有効かと言えば、そこも怪しいものなのですけど、ジャイアンの衣を借る「スネオ国家」日本の好感度がだだ下がりしている。

 ああ、そうか。私がなんとなくイスラエルに持っている悪印象と同じようなものをアジア人に持たれているのが日本なのかもしれないなあと、しんみりしてしまいました。バンコクの有名な日本人専用歓楽街タニヤ通りも衰退が続いていて、「金持ち日本人」なんて印象すらよくもわるくも持たれていないのでしょう。国内メディアは日本人向けに「日本って素晴らしいデスネ」番組や記事を乱造し、安倍政権、或いは原発事故での「プレゼンス」の縮小を見ないようにしているのでしょうけど、見ないからって改善する訳はないことを、いざ海外に出て思い知るわけです。

 ちっ!じゃっぱにーず!と舌打ちされたりしてね。

 

 タイがイスラム化したり、LGBTへの迫害や制限が始まったりする可能性はそうそう近い将来にはないと思いますが、それでも、世界は変わっています。池澤夏樹さんがISの拠点とされているモスルの14年前について、朝日新聞「終わりと始まり」に綴っています(記事末)

 当時のモスルは呑気で子供たちが歌う気持ちのいい街だったとか。それがたった14年で戦場と変わり、市民の安否も定かではなく連日、テロだ、サリンだ、空爆だと、まるでその土地が最初から廃墟だったかのように日本では報じられています。そうじゃない、確かにそこには人々の生活があったのでしょう。でも、私たちはそれをまるきり忘れています。

 

 日本でぼんやり過ごしているとこの日々の生活が壊されることなんて想像もつかない。でも、『また,桜の国で』も、『この世界の片隅で』も、戦争の前にきちんと市民の生活があって、それが壊されていく様が描かれている。私たちはアメリカがシリアの空軍基地にミサイルを撃ち込んでもそれがどう現実に作用するのか想像が働かない。でも、アサドがサリンを爆発させても、アメリカがイラクと戦争を起こしても結局翻弄されるのは市民個人の生活なのです。

 

 虚言政治家安倍晋三が、断末魔の叫び的に辺野古の基地移転を推しすすめ、共謀罪の成立を画し、トランプを支持し、アメリカに言われるままに核兵器禁止条約の交渉の不参加を表明した。ひとつひとつは小さなことだがこの小さなことが多分遠からず我々の生活を脅かすのでしょう。

 そういう自覚を持ちながら、流されず報道を注視したい。

 まあ、安倍の死なば森友的な自滅主義に日本がどんどん棄損される方向性は少なくとも今年いっぱいくらいは続きそうな気はしますが、何がどう影響するか、諦めずに見続けましょう。

 

追記)

タイの屋台撤去と、築地市場の豊洲移転は大変似ていると思います。移転派は安全とか清潔とか「近代」の理屈で高額な施工費と赤字確実な運営費を正当化しようとしますが、築地を豊洲に移転して失われるのはそういう危うさ・不完全さも含めた近代化されない縁日のような魅力なのです。誰が異端の一つも入り込まない最新設備の市場を観光で散策したいと思うものですか。私は築地残留を推しているのですが、その最大の理由は「近代」はすべてにおいてつまらないからにほかなりません。なぜなら近代とは人を疑うことや人の悪意を当然としてリスク管理するシステムだからです。もちろんそういう時代になってしまったことは否めませんが、それでも、来客の正義を疑うのが当たり前の市場に刺身を食べに行く気は私はどうにも起こりません。それこそ科学ではなく気分の問題です。それは必ず豊洲の集客に絶望的な影響を与えるでしょう。

 

 

日本人専用歓楽街 タニヤ通りの変容

世界一豪華な発展場バビロンが地上波で紹介された件~クレイジージャーニー~(マチダタイムス)

東京に五輪じゃなくてバビロンを誘致しよう(1)〜一度は行きたい、アジアンゲイの聖地〜(マチダタイムス)

 

(終わりと始まり)イラク戦争から14年 世界変えた判断の誤り 池澤夏樹
2017年4月5日16時30分
「イスラム国」(IS)の拠点だったモスルが七月までには政府軍によって解放されるらしい。抵抗する勢力は今は五百名ほどまで減ったという。
と書くぼくは「イスラム国」の壊滅を望んでいる。彼らはあまりに暴力的に信仰を政治に利用した。そのふるまいはムスリムの模範と讃(たた)えられるものではなかった。テロリズムで世界を攪乱(かくらん)したけれど、新しい秩序は生まなかった。
先日、三月二十日はイラク戦争が始まって十四年目の日だったが、これを記念日とは呼べない。結果が最悪だったのだ。あるとされた大量破壊兵器がなかった以上、あの戦争には大義はなく、イラクの社会を破壊したのみ。そこに生まれた力の空白からやがてイスラム国が台頭した。戦争は結局、暴力の時代を招来しただけだった。
二〇〇二年の十一月一日、開戦の五カ月と二十日前、ぼくはバグダッドからモスルに入った。メソポタミア文明の遺跡を見る旅行だったが、しかしサダム・フセイン支配下のイラクの社会をつぶさに見る旅でもあった。
それがいかにも住みやすそうに見えたのだ。戦争の脅威が迫っているのに人々の表情は明るく、食べるものは豊富で、ぜんたいにのんびりしていた。旅人は行く先々で歓迎された。独裁者と秘密警察の国家のはずが、外国人ジャーナリストへの監視などまるでいい加減。
モスルは気持ちのいい町だった。近くにニムルドという大きな遺跡があって、たまたま発掘されたばかりの美しい有翼牛人像(ラマッスー)を見ることができた。町の一角で子供たちが歌っていたのはフランス民謡の「フレール・ジャック」だった(日本語にもいくつもの歌詞がある)。遊園地に集う子たちは元気いっぱいの笑顔だった。
ぼくは帰国してすぐ反戦を訴えた。あの子供たちの上に爆弾を落としてはいけないと思ったのだ。大急ぎで本を出し、各地の講演会で話し、テレビのワイドショーにまで出た。
世界中で開戦に反対する大規模なデモが行われた(ニューヨークで五十万、ロンドンで七十五万、東京で四万)。
しかし戦争は止められなかった。
半年後、ぼくはモスルをはじめ自分が訪れて心地よい時間を過ごした土地の名を激戦地として一つまた一つと知らされることになる。
ずいぶんたってから、イラクの旅のガイドをしてくれて親しい友人になったレイスから、なんとかアンマンに逃れたという連絡が入った。しかし陽気な美青年だった彼の弟は戦闘に巻き込まれて亡くなったという。この弟の笑顔をぼくはよく覚えている。
レイスは真の知識人で、平和な時代ならば社会の要職にあるべき人物だった。イランとの戦いと湾岸戦争で生涯を棒に振ったが、自分の子の世代はもっといい時代になるはずと言っていた。その後、彼から連絡はない。
去年(二〇一六年)、イギリスでイラク戦争に参加を決めたブレア政権の判断を検証するチルコット報告書が発表された。『戦争と平和』の四倍という語数を費やしての綿密なもので、結論は開戦は誤りということだった。あの時点で戦争をはじめる理由はなかった。国連による大量破壊兵器の査察の結果を待っても何の危険もなかった。
これを聞いてブレアは「結果論」だと言ったが、それは違う。あれは明らかにブッシュ・ジュニアの判断の誤りであり、尻馬に乗ったブレアの誤りだった。ブッシュは任期の最後に「大統領の職にあった中で、最大の痛恨事はイラクの情報の誤りだった」と言った。実際には情報ではなく判断の誤りだ。
それでも彼は反省したからまだまし。開戦の日に「アメリカの武力行使を理解し、支持します」という声明を出した小泉元首相はこの件について今もって何も言っていない。外務省もこれには触れない。日本の官僚は過去を検証せず、責任を取らず、文書を公開せず、重大な局面で記録さえ残さない。あるいはこっそり破棄する。
冷戦の後の安定は9・11で崩れた。イラク開戦がそれを拡大した。
イギリスのジャーナリスト、ピーター・オボーンはこの戦争の失敗で「エスタブリッシュメントへの信頼感がガラガラと崩れた」と言った。その結末がイギリスのEU離脱であり、アメリカではトランプというトンデモ大統領の登場ではなかったか。国際政治はかくも大きく崩れるものであるか。
モスルで会った大学生は、できればコンピュータ・サイエンスに進みたいとぼくに言った。経済封鎖で十五年停滞していたイラクではむずかしいことだったが、しかし希望はあったはず。
彼、ラヤン・アブドゥル・ラタク(私書箱1977)は今、どこで何をしているのだろう? あの時に二十歳とすれば、今はもう三十四歳になっている。
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コメント
原爆投下が背景にある物語を読んで、ポーランド人の悲惨さには及びませんがとさらっと書けてしまう感性!
| タケ | 2017/04/11 12:17 PM |
当たり前ですよ。
「はだしのゲン」じゃないんだもん。原作お読みになりました?私は原作者はその「戦争の中の日常」を明らかに描こうとしてます。その抑えた語り口があの作品の魅力ですし、それとレジスタンスとジェノサイドをそのまま描写している作品とは「悲惨さの質」が全く違う。

 そもそも、あなたがそうとは言いませんが、ネトウヨの人たちはあくまで自分の被害者意識には敏感で、加害者意識や肉体を伴う物語にはきわめて鈍感です。
 原爆は確かに悲惨ですが、ならなぜもっとアメリカを非難しない、憎悪しない!と私は思いますが?
 それに原爆が悲惨じゃないなんて私は言ったことはございません。もっとアメリカを憎め、アメリカは世界最大のテロ国家だと、常日頃から書き続けています。

 誤読もいいところだし、その誤読さ加減が、映画作品に引きつけられたネトウヨ的なオナニーセンチメンタルを感じさせてまったくいただけません。原作には敬意を払いますが、あの映画を絶対賛美したがる人たちには胡散臭さを感じます。
| machida_syuji(管理人) | 2017/04/11 4:42 PM |
本屋大賞、
1位蜜蜂
2位みかづき
は的中でしたが、未読の罪の声が3位に。この稿で取り上げた、『また桜の国では』はすいません、ノミネートされてませんでした。勘違い(゜_゜)
ツバキ文具店が4位と健闘。
今度ドラマ化されますが、読みやすくてあたたかい良作です。小川糸さんは食堂カタツムリの衝撃を超えないのですけど。
| machida_syuji(管理人) | 2017/04/11 10:45 PM |
タイに行く動機の半分は安くて美味い屋台飯なのに残念です。

>「日本人プレミアム」の賞味期限切れ…

台湾や韓国でも同じように感じます。10年前は質問攻めにされることもありましたが、今や「ワンピース大好きです」「日本のビールは美味しいです」「一度日本に行ってみたいです」とお世辞を言われる程度です。
| 楽日 | 2017/04/13 1:54 PM |
どうもです
>「ワンピース大好きです」
そういえば、私、大昔、バンコクの満員バスで発展した男の子と一緒に下車して話をしたら、彼が「ドラえもん大好き」を連発したのも今はいい思い出…(^_^;)
| machida_syuji(管理人) | 2017/04/14 8:31 AM |
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