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読めばわかる!戦前の言論統制と大本営の卑劣さ 太田愛『天上の葦』
評価:
太田 愛
¥ 1,728
コメント:こちらは下巻ですのでお間違えなく。下巻は特に一気読み必至!

 来週、本屋大賞のノミネート作品の発表なんですよね。

 まあ、私と本屋大賞の関係は、読んだら大体面白かった、以外に何の関係もございませんが( ̄▽ ̄;A、たぶん今年ノミネートされる作品は、辻村深月『かがみの孤城』柚木麻子『BUTTER』小川 哲『ゲームの王国』、もしかしたら村上春樹の『騎士団長殺し』あたりも入るかもしれません。ほかに昨春取り上げて直木賞にノミネートされた須賀しのぶ『また桜の国で』あたりも有望です。(実際今あげた作品は全部面白いです)あと、読んでないけど住野よるさんとか、又吉の2作目とか、も入るかも。

 ただ、柚木麻子、須賀しのぶは直木賞にノミネートされたし、『かがみの孤城』も『ゲームの王国』もこのミステリーがすごい、とかたぶんいくつかのランキングに名前を連ねていて、それぞれ、既にそれなりの注目を集めています。

 なのに、『天上の葦』が一つもランキングやノミネートされていないのはどういう事????と私は思っているわけですよ。ヾ(*`Д´)ノ ほとんど黙殺されている。思い出すのはあの東野圭吾が原発テロを小説にした『天空の蜂』。あの作品、何を出してもベストセラー間違いなしの東野作品にも関わらず、311で実際に原発事故が起きて関心が高まるまでほぼメディアで黙殺されたと、確かインタビューだか文庫後書きだかで本人が語っていました。

 この国の出版界、言論界にはたとえ作品の完成度が高くても誰かを忖度してそれを話題にしないという、なんとも薄暗い息苦しい空気が流れているのは事実のようです。

 本屋大賞に投票する書店員の皆様 『天上の葦』こそが書店員の発掘ランキングとして開始された本屋大賞に最もふさわしい、最も発掘感のある作品だと私は信じて疑いません。ノミネートに入れば(さらに大賞をとれれば)私は全国の書店員さんを今後、尊敬の眼差しで崇めるつもりです。m(_ _)m まずは、どうにかノミネートされてくれと神に祈ってます。

(逆にノミネートすらされなかったら、全国書店員の発掘力は節穴!(-。-)y-゜゜゜存在意義を疑います。)

 

 さて、前稿ではこの作品がテーマとしている日本の現在の報道システムについて触れましたが、内容を説明しようとするとどうにもこうにもうまくまとまらないので、この作品の2つ目の注目ポイントである太平洋戦争前、戦争中の回顧シーンに含まれる政府の報道規制について引用を交えながら紹介したいと思います。

 物語は中盤を越えて、3人は渋谷で絶命した正光が最後にはがきをやり取りしていた友人らしき男 白狐(びゃっこ)を探して瀬戸内の曳舟島に向かいます。そこで出会った年寄りたちの戦争時代の記憶。正光と「白狐」の友情が事件の鍵になります。

「あの時代を生きた人間にもいろいろおったんです。戦争に行かなかった者。戦争に行って帰らなかった者。戦争に行って、生きて帰ってきた者。
戦争に行かなかった人間は、自分たちがされたことを覚えております。肉親や多くの大切なものを奪われたことを忘れはしません。そして戦争に行って、生きて帰ってきた人間は、自分たちがされたことと、自分たちがしたことと、生きて帰れんかった者らのことを覚えております。
我々がその最後の世代です。もう何年かのうちに、ひとり残らず、この世からおらんようになるでしょう。

もうすぐ死ぬという事は、若いころのことが恐ろしいほど鮮明に思い出されるということなんです」

(天上の葦 下巻 23ページ)

 今、太平洋戦争を経験した老人は次々と世を去っています。

 私事なのであまり深くは書きませんが、うちの父母は子供の頃に敗戦を迎えて、戦後の飢えた時代、貧しい時代を経験しています。そして、言うのです。

「アメリカはほんまにすごい国でアメリカのおかげで日本は復興できた」

「中国や韓国を日本が滅茶苦茶にしたというが、平和を愛する日本人みたいな思いやりと礼節を持った国民がそんなことをするはずがない」と。更に、親族で兵隊に行って戦死した人間をただ礼賛する。満州国を命からがら追われた親族についてソ連の不正義を詰る。

 私が子供の頃にそういうことを親から言われたなら、反論のしようもありませんでしたが、今なら言えます。

「日本だけで敗戦を迎えた日本人の記憶は操作されている!」と!

 もっと正確に言えば、彼らは彼らの蒙った飢えて貧しい時代の被害者意識と、そこにお恵みをくださったGHQの記憶で感情をコントロールされているのです。日本軍が外地でどんなことをしてきたかなんて、内地の田舎(農家ではないが)で暮らしていた父母が知るすべは全くと言っていいほどなかった。その上で出来上がった親アメリカと日本人性善説が、戦後の「平和憲法」的な日本人のメンタルの土台を作ったのではないでしょうか。本来あったエゴも差別意識も隠蔽する形で。

 

 『天上の葦』の巻末に戦前の新聞や雑誌など、小説にしては相当な量の参考文献が提示されています。

例えば以下の新聞報道の引用がありました。これが戦中のどの出来事の報道か推測してください。

■B29約130機 昨暁 帝都市街を盲爆 約50機に損害 15機を撃墜す

本日、三月十日零時過ぎより二時四〇分の間B29 約130機主力をもって、帝都に来襲、市街地を盲爆せり。右盲爆により都内各所に火災を生じたるも宮内省 主馬寮は約二時三五分、そのほかは八時ごろまでに鎮火せり(下巻232ページ)

 3月10日でピンときた方もいらっしゃるでしょうが、これが罹災者100万人、死者10万人以上を出した東京大空襲を報じた朝日新聞の記事だと言います。130機中15機撃墜、50機損害なら敵の半数以上(65機)に打撃を与えたことになりますが、この記事の「撃墜部分」がまったくのフィクションであることは言うまでもありません。更に裏面では中央に陸軍記念日の軍楽パレードの写真が掲載されていて、東京大空襲のあの朝、<不屈の意気 讃えて響く軍楽>の見出しで予定通り陸軍記念日のパレードが行われことが報道されていました。

「…大本営報道部の発表は最初の半年はほぼ正確、戦局が不利になると戦果を誇張、被害を隠蔽。敗戦までの8か月はほとんど架空と言っていい。戦後、元海軍報道部中佐が太平洋戦争全体でどれくらいの虚偽の戦果被害発表があったのか検証してるんだが、それによると、平均すると戦果は約6倍に誇張し、損害は5分の1に抑えられてた」(上巻284ページ)

 下巻の回顧シーンには、これでもかというほど戦中の軍部と大本営発表の出鱈目さを検証する事例が挙げられています。

 たとえば、東京大空襲は突然、米軍が襲来して焼夷弾をバカスカ落として行ったわけではありません。

 大本営は、1937年(昭和12年)軍需工場の働き手を失うことを嫌って、防空訓練への参加や、土地家屋の供用、灯火管制などを義務付けた防空法を可決。更に昭和16年対米開戦13日前の防空法改定では 1)都市からの事前退去の禁止、2)空襲時の応急消火義務を都市住民に負わせました。 

 しかも情報局発行の『家庭防空の手引き』では
「防衛に任じないものがあるとすれば、法の制裁は別として道義的には非国民であると言われても申し訳が立たないわけです。このようなものは空襲されなくなっても都市に立ち戻る資格はないものです」との記事。避難する者は非国民だと「恫喝」してるといってよいでしょう。

 

 一方、英国では開戦以前に国が金銭的な面倒を見て都市から学童、母親、老人らを地方に退去。その2日後にドイツに宣戦布告したそうです。(宣戦布告時既に学童82万人含む幼児老人ら非戦闘員147万人の地方分散を完了)

 「疎開」という言葉は今でも戦争映画やドラマで耳にするので多くの日本人の人口に膾炙していますが、この言葉も霞が関の「官僚言葉」ならぬ、戦中の大本営の言論統制から生まれた言葉だったという事を私はこの本で初めて知りました。

 ●疎開:まばらに開く 

 とは元々は敵の襲来に備えて軍隊を1か所に集めないことを指して言った言葉でしたが、「避難」や「退避」という言葉を使うことを禁止されたため、この言葉が無理に転用されたものだそうです。建物、人口の地方への移動転出は建前上は「事前退避」ではなく「防衛体制を完備するための戦略的な分散である」と、「撤退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換えてきたのと同じなのです。そして大本営は最後まで「疎開」という避難を都市住民に認めませんでした。(学童疎開を除く)

 しかし、1943年7月のハンブルク空襲で何万人もの民間人が無差別絨毯爆撃で亡くなった事例から空襲は早くから予想されていました。ハンブルク空襲を受けて国が閣議決定した『帝都及び重要都市における工場家屋などの疎開及び人員の地方転出に関する件』は市民の避難よりも官庁、軍需工場の移転と延焼防止のための家屋取り壊しに主眼を置いたもので、取り壊し家屋に住む者を強制退去させるためのもので、肝心の退避はあくまでも「勧奨」。転居費用は全部自費負担。国は一切面倒を見ないので自己責任でやってくださいとの内容でした。なんだか原発事故の放射能からの自主避難賠償と似てさえいます。
 

 そしてついに1944年11月24日 マリアナ諸島から出撃のB29編成が東京に襲来して、死者200名以上、負傷者は500名を出した時も、新聞は大本営発表の通りに

B29帝都付近に侵入す。確認せる撃墜3機、我方損害は軽微

と報じています。更に焼夷弾に至っては、「大体この焼夷弾は布類、砂、水、火たたき等によって容易に消し止め得ることが分かった」、「焼夷弾は付近にあった布団でくるんで幸いに裏が川になっておりますのでその中へほっぽり出しました」(1945年1月情報局発行『週報』)などと書かせています。1000℃の火炎を噴出する焼夷弾は水で消えない。手袋や布団で掴もうとして無傷でいられる人間は人間じゃない。それを「手袋でつかめば熱くもなんともない。挺身敢闘の精神さえあれば全く恐れるに足りぬ」と国民に教える狂気!

 更には『国民総力』誌(昭和19年7月1日号)では 菰田康一中将なるものがこのように述べている。

「東京の爆撃で約10万人が死ぬ。生やさしいことではない。しかし東京の人口は700万人。10万死んだところで東京はつぶれない。日本全体を考えると10万人くらい死んだところで驚くに当たらない。

 自分がその時代にもし生きていたら、その時代の東京にもし生きていたらと考えるだけで戦慄が走り、絶望を感じます。国は国民に竹やりと防空バケツを持たせて、闘って死ねと言っている、新聞や雑誌も命をなげうって国のために尽くすのが国民で、そうじゃない者は非国民だと言っている。逃げても死ぬ、逃げなくても死ぬ。空襲が来る前に逃げれば助かるかも知れないが、逃げたらこの国に居場所がなくなる。だから仕方なく、空襲はきっと来ないんだと、砂漠の駝鳥よろしく目の前の危険に目をつぶるしかなかった。

 1945年2月17日東京大空襲直前アメリカ軍は大都市に大量の空襲予告の伝単(ビラ)を撒いています。

『日本国民に告ぐ』
あなたは自分や親兄弟友達の命を助けようと思いませんか 助けたければこのビラをよく読んでください。数日のうちに裏面の都市のうち全部もしくは若干の都市にある軍事施設を米空軍は爆撃します。…アメリカの敵はあなた方でがありません。あなた方を戦争に引っ張り込んでいる軍部こそ敵です

 東京大空襲で10万人を殺した最大の加害者は、国民を避難させる機会も降伏の機会もいくらでもあったにもかかわらず自分たちのつまらぬプライドのためにすべてを無視した大本営だったのではないかと思えてくる。そして、これらの情報統制は北朝鮮の現在であるとともに、実は日本の現在であり、日本国民は太平洋戦争のあの悲惨な体験から何一つ学ばなかったのではないかという事を痛切に感じるのです。

 …新聞は、戦争が始まった時点でもう死んでおったのです。私は、その骸の上で旗を振っておった。…あの3月10日の東京大空襲では2時間余りで10万人を超える人々が亡くなったと言われております。戦後、調べた方々によると、死者が最も多かったんは4歳以下の乳幼児やったそうです。ついで15歳から19歳の青少年、3番目が5歳から9歳の子供。…敗戦まで報道は何も変わらなんだ。広島に原子爆弾が落とされた時の第一報は『若干の被害を蒙ったもよう』。長崎の時は『被害は比較的僅少』やった。

 8月10日の朝刊では、防空総本部が発表した原子爆弾に対する心得をそのまんま報道した。新型爆弾は軍服程度の衣類を着用して防空頭巾と手袋をつけておれば、完全に火傷から保護することができるというもんでした。
 8月15日以降、陸海軍、内務省、外務省、大蔵省は何日もかけて文書をすべて燃やしました。新聞社にも軍部から写真、文書の焼却命令が出て、カメラマンが命懸けで撮った戦地の写真も燃やされた。戦中は掲載できんかったが、戦後ならばという資料を自分たちの手で燃やした。我々は、爆弾で人間と国土を焼かれ、自らの手でそこに至る真実を焼き払うたんです。

(下巻237ページ)

 長くなりました。

 物語は第3部で曳舟島から東京に戻り、正光の思いを汲んで、公安警察と政治の謀略を阻止する3人+2人の活躍が描かれて、痛快です。ウルトラマンの脚本家である金城哲夫さんのDNAを受け継ぐ太田愛さんらしい正義感にあふれています。

 

 まとめて紹介したかったけど、この1冊(2冊だけど)を「2017年の町田の3冊」の筆頭として、本屋大賞含めて、最大限プッシュいたします。ぜひとも手に取ってください。

 

太田愛、『天上の葦』の原点はあのヒーロー作品?

介入と忖度――『相棒』『ウルトラマン』の脚本家・太田愛さんとの対談(『世界』6月号)

 

追記)

一つ訂正をします。

新聞書評に取り上げられていない、と書きましたが、読売の昨年4月の「エンタメ書評」で取り上げられてることが判明しました。お詫びして訂正します。

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コメント
 今日発表の本屋大賞のノミネートから『天上の葦』が漏れたことがショック。
 忙しい書店員が出版社のプッシュで読む本から選ぶってやっぱ限界あるな。ノミネート作のうち3,4点読んでますけど、かがみの孤城を除くと、大したものはない。 未読の屍人荘と原田マハに興味あるけど、総じて物語が小さくて、こんなんが本屋大賞?って感じ。
 あー、ショック。
| machida_syuji(管理人) | 2018/01/19 8:11 PM |
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